■俳優と住職、二つの道
私は福岡県の出身で、小学生の頃から役者になると決めていました。父は中学の社会科の教師だったので、上京させてもらうには大学に行かなければと、東京にある芝浦工業大学に通いながら俳優養成所に通い、アルバイトをしながら舞台やドラマ、映画などに出演してきました。あるとき、川越にある恵光寺の住職の旦那さんがテレビ局のプロデューサーをされていて、そこで朗読の勉強をしていた際、「藏内は本物になりたいんだろう?本物になるためには俺と一緒に東京仏教学院に通おう」と誘われて一緒に1年間ほど通ったんです。そこで出会って結婚したのが前住職・藤本龍珠(ふじもと りゅうしゅう)さんの娘でした。知り合った当初はごく普通の出会いで、特別な縁を感じていたわけでもありませんでした。ただ、話をするうちに、とても自然体でいられる人だなと感じるようになりました。そして結婚。そのとき初めて、「ああ、このお寺と自分はご縁があったんだな」と思うようになりました。私は最初から住職になるつもりだったわけではありませんが、義父が覺法寺を大切に守ってきた姿を間近で見て、「自分にできることがあるなら手伝いたい」と思うようになったんです。最初は東京から沼津に通いながら、月例の法座を手伝ったり、寺の新聞を作ったりしていました。コロナ禍で一時、法座は中断しましたが、今はまた毎月続けています。
■ゆっくりでいい。浄土真宗のまなざし
ある先生から教わった言葉があります。「ゆっくりでいい、必ず救うから」。浄土真宗の教えは、頑張れ、乗り越えろと背中を押すというよりも、「そのままでいい」と受け止めてくれるものだと思っています。人生には病気や事故、悲しい出来事が必ずありますから。102歳まで生きられた門徒さんが亡くなる前に、「生きていれば、時々楽しいことがある」とおっしゃったんです。これも心に残っている言葉です。映画『男はつらいよ』の寅さんの台詞にも通じるものがありますね。私は法事や法要では亡くなられた方の人生を、できるだけ丁寧に聞くことを大切にしています。釣りが好きだった、音楽が好きだった、そんな小さな話を法話の中に織り交ぜると、ご遺族の表情がふっと和らぐ瞬間があります。「こちらから答えを出そうとしなくていい。ただ、真摯に聞く」。それだけで、胸が少し軽くなることがあります。そのお手伝いができれば何よりだと思っています。
正直に言うと、法話会では「うまく話せた」と思ったことは一度もありません。しかし、だからこそ毎回きちんと準備をして、真剣に向き合う。その積み重ねしかないと思っています。言葉の暴力に傷ついた人、孤独を抱える人に対しても、寄り添う姿勢は同じ。役者の仕事は「人を演じる」ことですが、そのためには人をよく見る必要があります。この経験は、法話や朗読、紙芝居など、僧侶としての活動にも生きていると感じています。
覺法寺は特別な場所ではなく、どんな方でもふらっと来られる場所でありたいです。つらい時も、そうでない時も、ゆっくりでいいと言ってくれる、そんな寺であり続けたいと思っています。