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じげんざんさいしょうじ慈眼山 西照寺

住宅街にある西照寺の境内には欅(けやき)や樫(かし)など、20数本の樹齢百年近くになる調布市保存樹木に指定された木立の中に伽藍があり、京王線沿線を紹介するガイドブックには「西照寺の森」と紹介されている。

都会の喧騒を忘れさせるほどの自然に囲まれた寺院では、春は枝垂れ桜(しだれざくら)が華やかに咲き誇り、そのあざやかさに地域の人々は足を止め、しばしたたずむ。青々と茂る緑の美しさに見惚れていると「落ち葉の季節になると落葉を掃くのが、大変なんですよ」と微笑みながらどこか誇らしげに語りかけるのは、住職の酒井淳昭氏だ。

歴史

西照寺の歴史を辿っていくと、古くは江戸初期まで遡る。寛永19(1642)年2月に江戸浅草横山町にあった浜町御坊(現在の築地本願寺)寺内に創建された。江戸期を通して度重なる火災に見舞われたが、そのたびに歴代住職や門徒によって再建されてきた。

明暦3(1657)年に江戸城まで消失した明暦の大火で被災後、御坊とともに築地に移転することになる。大正12(1923)年の関東大震災では市内で多発した火災の拡大によって、本堂庫裏全てが焼け落ちてしまう。辛くも開基以来護られてきたご本尊は第15代住職の養淳の手で持ち出され難を逃れた。

震災後帝都復興計画の中で、58ヶ寺あった地中寺院を貫く幹線道路が計画され、また日本橋から魚河岸が移転してくることになり、西照寺は築地から移ることを余儀なくされる。養淳の義兄が所有していた別宅が今の仙川にあり、その縁で現在の地へ移転することになった。昭和3(1928)年のことである。

住職インタビュー

■縁を紡ぐための、核たる場所としての在り方

浄土真宗では僧侶が地域共同体の中に入り布教し、そこで教えに帰依した村の長たちが道場を創ったことに由来する寺院が多くあります。また戦国期には近畿を中心に真宗寺院を核として寺内町という自治都市が形成された歴史があります。その後豊臣政権、それに続く江戸幕府の寺院管理政策によって都市では寺町が形成され、民衆の住む場所と寺は離れることになります。特に都会の寺ではご門徒の住まいと寺が近隣であるということは稀です。西照寺は昭和初期にこの地に移転してきたため、寺と門信徒という関係で地域と関わるということは難しい現状があります。

現代における寺の果たす役割を考えると、門信徒ではない方々をも地域における新たな中間的なコミュニティの核となれるのではないかと考えています。寺は本堂や境内など、広いスペースがあります。そこを地域の人々のサークルや勉強会、イベントなどに活用してもらえれば、寺の敷居も低くなり、気軽に入れる場所になると思うのです。

また西照寺には「サンガの会」というご門徒さんの集いがあり、ご門徒さんが自主的にイベントや旅行会などを企画してくれています。門信徒のみなさんは互いを「寺友(てらとも)」と呼び、その集いを楽しんでくれています。これは住職としては大変有難いことですし、嬉しいことでもあります。

寺友という関係は意図的に作られたものではなく、ご門徒のみなさんが寺を縁として出逢い、緩やかにそのご縁を紡いできたことによって生まれたのだと思っています。学生から付き合いの続く友人を「くされ縁」などということがあります。そのように人と人とが出会い緩い関係性を紡いで繋がっていくことが、今必要とされているのではないでしょうか。私は寺という場所は、そういったご縁を紡ぐための、一つの核となる場所でありたいと思っています。

 

■他人に寄り添うことの難しさを自覚し、それでも人の心の栄養の素になりたい

元来、僧侶が人々に伝える教えは、人々が抱える苦悩からの解放です。それは現代においても変わりません。僧侶はご葬儀の場で大切なご家族を亡くした方の深い悲しみの中に身をおき、ご法話もさせていただくのですが、その中で深く辛い悲しみに寄り添う言葉の難しさを痛感します。私自身妻を亡くしているのですが、闘病中には余命告知を受け覚悟を決めていたつもりでありましたが、その時が至った時にこれほど涙が流れるかと思うほど涙があふれ出てきました。その後周囲の方々が気遣ってかけてくださる言葉が、逆に辛い時期もありました。

東日本大震災の後、被災地に立った僧侶を取り上げた雑誌の記事に「沈黙」という言葉がありました。沈黙せざるをえない厳しい状況の中で、傍にいることの大切さを感じました。厳しい状況の中、心の支えになるのは人の繋がりです。仏教の根本には全てのものが繋がりあっているという縁起の思想があります。

慈悲とは仏教において苦を抜き楽を与えるという意味ですが、慈の原語はマイトリーで友という意味で、悲の原語はカルナで呻きという意味です。呻きうずくまる人に寄り添う友の姿が慈悲という言葉の姿なのです。その寄り添い共感する人があることによって人が苦しみ悲しみから立ち上がり前に進む力を恵まれるのだと思います。

現代社会では、人と人とのつながりは単層的になっていて、その一つの居場所をなくすことによって人との関係性を失う人が増えています。関係性が複層的であれば社会との繋がりは維持されます。寺を核とするコミュニティが心に潤いや活力を与えられる一つの場になれたらと思っています。

葬儀、法事・法要

「葬儀、初七日、四十九日などの法要は、故人との別れの悲しみや苦悩から立ち上がる道そのものなのです」と住職。法要儀式そのものが、段階を経て悲しみを癒していくと語る。また、「今は自宅ではなく葬儀用の会館で行うことがほとんどですが、ぜひお寺で葬儀を行ってほしい」とも。宗教的空間である、お寺のお堂その場から感じ取れる雰囲気も、葬儀の意味をより深いものにしてくれるという。

寺で葬儀を行う場合は、本堂はもちろん、境内に建っている会館にある仏間の使用も可能で、住職が自ら祭壇を作ることもあるとのこと。家族葬などを考えている人は、ぜひとも利用してほしい。

お墓・納骨堂

【納骨堂】

納骨堂は個別に収納する蒔絵扉(まきえとびら)付で、遺骨を33回忌までお預かりする。その後は境内の合祀墓に改葬し、永代護られる。
単年ごとの一時預かり保管も可能。

 

【一般墓】

境内に墓地があり、若干であれば、新規も可能。

初期費用(永代使用料):160万円(三尺角・1平米弱)
年間管理費用:8000円

 

【納骨堂】

納骨堂懇志:33万円
年間管理費用:なし
一時保管: 8000円(年間)

イベント情報

報恩講(毎年11月3日)

浄土真宗開祖・親鸞聖人の御命日法要。1月16日に京都の西本願寺で勤められる。

西照寺では、11月3日にお勤めする。法要後、記念法話があり、食事もふるまわれる。

 

西照寺法話会(毎月第2土曜日)

毎月講師の法話を聴く会。講師は毎月変わり、各々が味わいの違う話をする。住職は「法話会などは、色々な寺のものを聴きにいくと、より良い」と語る。

修正会(1月)

新年を迎える法要。法要後に庫裏に移り新年会や京弁当をいただきながらとお楽しみ会を行う。住職と楽人による雅楽の演奏もある。

灌仏会・はなまつり(4月)

お釈迦さまのご誕生をお祝いする法要。法要後にはお釈迦さまの御誕生を記念するコンサートなどを企画している。

旅行会(随時)

関東近郊のお寺に参詣し、周辺観光を行う。

初参式・七五三(随時)

新しいいのちをめぐまれた喜びや子どもの成長をご縁として、阿弥陀さまのお慈悲に包まれていることに感謝してお参りする初参式や七五三も随時受け付けている。

寺院情報

寺名(ふりがな) 慈眼山 西照寺 (じげんざんさいしょうじ)
住職 酒井 淳昭
郵便番号 182-0003
住所 東京都調布市若葉町1-39
電話番号 03-3300-7734
ホームページ http://www.maroon.dti.ne.jp/saisyouji/index.html
交通

【電車】
京王線「仙川駅」から徒歩5分

駐車場 境内約15台、外駐車場4台
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