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だいとうざんほうりんいん ぜんりょうじ大島山宝林院 善了寺

琵琶湖の葦(よし)でできた、モダンな外観の本堂が印象的だ。

本堂に入れば、ご本尊を中心に自然採光による、あたたかな光に満ちた荘厳な空間が広がる。太陽光による発電を取り入れ、環境に配慮し、自然素材を使って建築されているという。

現在の住職・成田智信(なりたとものぶ)氏は、門徒の方々や近隣の方々などと共に、本堂の内壁など一部を、手作りで再建した。

戸塚駅から徒歩約5分とは思えない、自然に囲まれた静かな高台にある善了寺。建物や墓地とともに、樹齢数百年の桜やイチョウがそびえ立つ。

歴史

善了寺の歴史は古い。元々は真言宗で和泉村(現在の横浜市泉区)にあったが、親鸞聖人60歳の1233(天福元)年に、釋了全(しゃくりょうぜん)が浄土真宗に改宗した。善了寺は、釋了全を寺院の創始者としている。その後、領主から浄土宗に改宗を命ぜられ、大部分の門徒は従ったが、信仰の深い門徒たちが細々と維持していた。

1580年頃に善了寺を再興したのは、釋了唯(しゃくりょうゆい)。俗名を大久保伊豆守信唯(おおくぼいずのかみのぶただ)という。当地に来て、現在の場所に善了寺を移転し、中興した。現住職・成田智信氏は、釋了唯より18代目に当たる。

大島山宝林院善了寺の本堂には歴史の変遷がある。
1866(慶応3)年10月12日矢部町の大火によって、7間4面の本堂、太子堂および庫裡(くり)が全焼。その後、1869(明治2)年に本堂が再建されたが、1923(大正12)年9月1日の関東大震災で半壊している。旧本堂は、1956(昭和31)年10月に、第16代・釋恵門(しゃくえもん)が再建した。ご本尊の阿弥陀如来立像は、1988(昭和63)年、第17代・釋了恵(しゃくりょうえ)によって修復された。また、門徒の思いに応え、親鸞聖人銅像を建立。聖徳太子木像の修復も成し遂げた。

1997(平成9)年、現住職が継職。2005(平成17)年に、庫裏にてデイサービス「還る家ともに(かえるいえともに)」を開設した。
その後、2011(平成23)年から2016(平成28)年まで、第2本堂となる聞思堂(もんしどう)建築および、本堂、客殿、庫裏の建立を行った。

住職インタビュー

■本堂 〜み教えの表現〜

本堂は、ご本尊様をはじめ、光や、その反射、音響など、全てが、阿弥陀様のみ教えの表現だと思っています。

ご本尊の阿弥陀様は、本願寺第8代・蓮如上人の作と伝えられています。新編相模風土記によれば、15世紀の後半に、蓮如上人は当寺を訪れたようです。またあくまでも伝承ですが、親鸞聖人も善了寺にお越しになっているのでは、と考えられています。

本堂のご本尊に向かって右に親鸞聖人、左には蓮如上人の御影(ごえい)があります。そして右の余間(よま)には太子像があります。親鸞聖人は「聖徳太子は阿弥陀様の慈悲をあらわす観音菩薩の生まれ変わり」と考えていました。人々を救うため、世俗に仏法を広めるために生まれてきた、ということです。聖徳太子の木像は立像で、たもとを握っているお姿です。太子像は、元は屋外にありましたが、先代の時に本堂に移しました。

 

■持続可能な循環型の社会を目指す

2011(平成23)年3月11日。旧本堂と客殿、庫裏を、建築家の故・大岩剛一先生とともに計画していた時、東日本大震災後が起きました。この大震災で、「お寺もいつかは壊れる」ということに、改めて気づかされました。仏教でいう、諸行無常です。

壊れた時に、その場に埋められる素材、そのまま自然にかえる循環型の素材で建築したいと思いました。ご門徒の皆様にご相談し、新築事業を震災復興支援事業と位置づけることにしました。建築木材は、宮城県栗駒の木材を使っています。東北の沿岸地域でボランティアを熱心に行っていた木材店との出会いが、ご縁となりました。

本堂も聞思堂も、自然素材を使うストローベイル工法を採用しました。壁は、直方体に圧縮した藁(わら)のブロックを積んで、土を塗ります。門徒の方々や近隣の学生さんなどとともに、建築の一部を自分たちで行いました。本堂の壁を作った翌朝、壁から麦の芽が出ていたんですよ! 新しい生命の芽吹き、と感動しました。本堂がもし壊れたら、後にここは麦畑になるかもしれません。

お寺の電気も太陽光発電を利用しています。循環型の社会の実現に、一歩でも踏み出していきます。

 

■デイサービス「還る家ともに」から学んだこと

2005(平成17)年、デイサービス「還る家ともに」を開所しました。私は、通って来られる皆様との出会いから学ぶことが、ものすごく多かったのです。介護は、異文化との出遇いです。自分の枠にはめてしまうと、決してうまくいきません。

たとえば、立ち上がるのを介助される時に、両手を上から掴まれるよりも、下から支えられるほうが、自分の意思を感じて安心感を持てるのです。
介助を通じて、される側とする側のお互いが、日々、生き生きできていると感じています。

デイサービス「還る家ともに」は17年目となりました。
経済学者のE.F.シューマッハーという人の言葉で「Small is beautiful」というのがあります。小さく実践をして、長く続けることが大切です。これからも、できることから始めて、続けて、新しいものを生み出していきたいです。

葬儀・法事・法要

住職は「仏事というのは、阿弥陀様のはたらき(他力)によって亡くなった人と生きている人の関わりを育てること。感謝の心を大切にします。」と語る。

礼拝施設の収容人数は30~50名(ソーシャルディスタンス対応で20名)。
他式場等にも、僧侶が訪問してくれる。

お墓

境内に一般墓と共同墓所「法輪廟」がある。一般墓は現在、新規で建てることが可能。
また遺骨を一時的に預かるお堂もある。

今後、善了寺門徒として、法要を浄土真宗の儀礼によっておつとめする場合は、以前の宗教・宗派は不問。生前予約も可。お墓の引っ越し相談あり。

【冥加金】60万円~
【年間管理費】7,000円

イベント情報

善了寺ともに講(随時)

西本願寺承認の、本願寺の正式な所属団体。全国の浄土真宗の門徒とつながる居場所となる。現住職は、「善了寺ともに講」の公式YouTubeチャンネルを開設し、法話を発信している。少しでもわかりやすくご法話を伝えたいという熱意から、日々研究を重ね、法話を考え、録画し、編集作業をしている。

YouTubeチャンネルはこちら

映像上映・ミニコンサート・絵画展など(随時)

本堂には、スクリーンやプロジェクター、音響設備などがあり、これまで、映像上映やミニコンサートなどを行ってきた。

聞思堂は額がかけられるようになっており、絵画展を開催したり、カフェ等としても開放されていた。以前はお寺を一般の人たちにオープンにして地域密着の活動をしていたが、現在はコロナ禍のため休止中。

寺院情報

寺名(ふりがな) 大島山宝林院 善了寺 (だいとうざんほうりんいん ぜんりょうじ)
住職 成田 智信
郵便番号 〒244-0002
住所 神奈川県横浜市戸塚区矢部町125
電話番号 045-881-0348
ホームページ https://zenryouji.jp
交通

【電車】JR・横浜市営地下鉄ブルーライン戸塚駅から徒歩で約5分

駐車場 13台(専用駐車場2カ所)
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