■演劇や音楽に惹かれた青年時代
高校生の頃は、演劇部に所属して、熱心に活動していました。部長を任され、夜遅くまで練習して、静岡県の奨励賞をとったこともあります。父に「勉強しないで、演劇ばっかりやって」と怒られ、大げんかしたことがありました。ものすごい言い合いになったのですが、私が「でも俺は、このお寺を継ぐぞ」と言ったら、父がぴたっと黙りました。私は、芸術や音楽に惹かれていた一方で、住職を継ぐことは心に決めていました。
龍谷大学を卒業した後、東邦音楽大学で声楽を学びました。音大を卒業し、数年間、高校で音楽の講師をしていましたが、白道保育園を任され、園長として30年勤めました。
■人は自然の中で学んでいく
私は「箱根の里・少年自然の家」の運営委員長を長年勤めております。少年自然の家は、社会教育を実施する場として必要不可欠な施設ですが、近年は民間委託するところも多くなっています。民間委託にすると利益追求型の経営となり、本来の教育活動が展開できないという側面があります。ここ三島市の「少年自然の家」は、今でも市が運営しており、社会教育の場として多くの団体が活用しています。三島の子どもたちが元気いっぱいなのは、そうした社会教育の場が多いからかもしれませんね。
社会教育を語る上で欠かせないのが、ボーイスカウト運動です。1946(昭和21)年に満州から帰還した父(前住職)はキャンプが大好きで、よく一緒に活動しました。そして1961(昭和36)年に前住職が中心となりボーイスカウト三島第3団を発団。1980(昭和55)年には現坊守が中心となってガールスカウト静岡県第93団も発足しました。
活動場所はお寺の境内です。スカウト総数100名を越える大所帯ですので、週末の境内は子どもたちでいつも賑わっています。スカウト活動では、各人が信仰を持たなければなりません。自らが生かされていることを自覚し、感謝しながら人生を送ること。これが大事なのだと思います。スカウト精神と仏教の精神は共通していることが多いのです。しかも、スカウトは子どもから大人までの一生涯の活動ですから、お寺とのつながりも一生涯です。実際、スカウト活動が契機となって門徒となられた方も数多くいます。本当にありがたいことです。
■命は、お預かりしているもの
住職になって38年になろうとしていますが、命のありようが、自然ではなくなってきた、という危惧があります。命は「作るもの」ではなく、「お預かりするもの」です。たとえば現代では、赤ちゃんがお腹にいる時から男女どちらなのか分かり、出生前診断などもありますね。しかし昔は、誕生した時にはじめて「ああ、命に恵まれた」と思い、慈しみました。
仏教では、命は自分のものではなく、仏様から預かって、いつかはお返しするものと受けとめています。だから、捨ててはいけないし、奪ってもいけない。最近は技術の進歩があって、人間が思い上がっているように感じます。命の尊さ、命のつながりの尊さを、これからも伝えていきます。