「寺の子」として生まれました。お勤めする父の姿は見ていましたし、御門徒さんたちにも、とてもかわいがってもらっていたのですが、後継になりたいという気持ちは強くありませんでした。
父は龍谷大学に行ってほしかったようですが、当時の私は「東京で暮らしてみたい」という気持ちが強くて、東京の大学へ進学しました。
その後、当時築地本願寺の中にあった本願寺出版社東京支社に就職。仏教に触れていたいからというよりも、条件が良かったんです(笑)。
結婚して子どもを授かったとき「いずれは寺に戻らなければいけないんだろうな」という感覚もありましたし、「子どもを育てるなら地元の方がいいか」という思いもあって、子どもが生まれるタイミングで寺に戻ってきました。自分としては、強い決意で帰ってきたというよりも、時間をかけて少しずつ「軌道修正」していただいた感覚です。
子どもが生まれてから、この子が成長して「お寺ってどういうところ?お念仏ってなに?」と聞かれた時、自分の言葉で答えられるものがないことに気づかされ、そこから浄土真宗のみ教えを学ぶようになりました。
学ぶ中で、素晴らしい先生やご門徒さんたちとの出遇いがありました。その方々のお姿や言葉を通して、かつて自分をかわいがってくれたご門徒の方々が大切にしていたことがなんであったかを教えていただきました。
■自分や世間とは違う価値観を共存させながら生きる
当山の境内には芝生や山、木々が広がっていて、地域の方をはじめ、海外の旅行者の方まで様々な方々が足を運んでくださっています。
境内や本堂の空間が持つ雰囲気の中で、ふっと気持ちがゆるむこともあるでしょうし、寺族や、お寺で出会った仲間に、自分一人で抱えていた思いを吐露できることもあると思うんです。そして、仏様の教えを聞き、仏様のまなざしを通して、自分自身を見つめ直してゆける。お寺がそういう場所になればいいなと思っています。
仏さまの教えを聞く機会として、法要の他に、どなたでも参加できる毎月の法話会「十日会」を続けています。
もちろん、お寺にお参りしたからといって、苦しみそのものがなくなるわけではありません。でも、一人で抱え続けて重くなった「心の荷物」を、お寺で一旦置いていただけたらと思っています。その「心の荷物」には、日々の生活の悩みもあれば、「いのち」そのものに関わる苦しみもあると思うんです。日々の悩みを一旦置いて安心して考え直せる空間、「いのち」の大きな問題を仏さまの方が支えてくださっていると聞かせていただける場所でありたいです。
また、地元の小学生が参加できる「てらこや」という活動も続けています。子どもたちには、「阿弥陀さまは、どんな悪いことをしてしまっても怒ったりしないやさしい仏さまなんだよ」と話しています。人はいつも正しくいられるわけではないですし、良いことができない時もあります。世間の価値観だけが全てではないことを子どもたちに知ってもらえたら嬉しいです。
子どもたちにとっても、大人にとっても、お寺が世間とは違う雰囲気や価値観によって安心できる場所になるような活動をしていきたいです。
また、お寺だけでなく、日常の生活の中でも仏さまのまなざしに立ち返っていけるのが、「南無阿弥陀仏」とお念仏を称え、聞くことなのだと思っています。
お念仏をいただいて生きるというのは、自分自身や世間の価値観だけではなく、仏さまの価値観・まなざしを自分の中にいただいて生きていくことではないかと感じています。